陸自の「対人狙撃銃」の「対人」について
(上の写真はM24 SWS狙撃銃 陸自では「対人狙撃銃」と呼称 写真はWikipediaより 著作権はPublic Domain)
今回は多少の批判を覚悟で記事を書こうと思います。このブログの読者であれば陸上自衛隊が対人狙撃銃との呼称で米国レミントン社製M24 SWSを保有していることをご存じのことと思います。またイチローナガタ氏(本名は永田市郎氏)をご存じの方々も多いと思います。米国在住の銃器雑誌向けの写真家として著名な方です。SATマガジンなどでも記事を執筆されており、正しくプロ中のプロと言えるでしょう。下は参考のYouTube動画です(インストラクターの方がそうです)。
ファンが多い方ですし、私の様なアマチュアがプロの方の記事に関して論評することに対する多少の批判があるかもしれません。しかしイチローナガタ氏のブログの古い記事にどうしても見過ごせない点がありましたので、大変恐縮ではあるのですが今回敢えてこの記事を執筆することにしました。
先日ネット上である調べ物をしていて、イチローナガタ氏の公式ブログ"TACTICAL LIFE"に偶然辿り着きました。その中で『対人狙撃銃の「対人」について』(2010年7月31日 07:29) との記事を見つけました。以前イチローナガタ氏が陸自を取材した際に、自衛隊の方々に何故狙撃銃に「対人」と付け加えているのかと聞いており、SATマガジンの記事でその経緯を書いています。私もその記事を読んだ記憶があります。その理由やその時の自衛隊の方々の返答をイチローナガタ氏は記事には書きませんでした。それは本人によりますと記事にそれを書いてしまうと恐らくボツになるからとの事でした。ブログではその理由を明言しています。陸自の隊員の方々に聞いた結果「あ〜、それは陸幕の無知な馬鹿たちが付けたんですよね〜」との答えだったそうです。そして「対人狙撃銃だって? 馬鹿なことゆうなっ! 無知野郎めがっ!ワシはSATでこう書きたいけどボツになるんでここで本音を書きます。陸幕のバカヤロー!!! 」と記述しています。
私はこれは若干異なるのではないかと感じました。防衛省は官公庁です。官僚組織なのです。官僚は法学部を出た方々も多くいます。従いまして言葉に対するこだわりがあります。官公庁が言葉のニュアンスを若干変更することは大きな意味を持つのです。法律では単語の一つ一つが大きな意味合いを持ちます。単語が若干変わるだけで解釈が大きく異なるのです。官僚はそういったethosを持った集団ですから、そうだとしますと「対人狙撃銃」とわざわざ防衛省が呼称しているのには意味があると思うのです。狙撃銃と言いますと人を狙撃する銃であることは確かです。それ以外の使用目的は恐らくほぼ皆無でしょう。それがイチローナガタ氏の疑問の原点でもありました。それにも関らず「対人」と呼称しているのは、対人目的以外の狙撃銃があると防衛省は考えているのかもしれません。
そのヒントはKeenedge氏のブログの古い記事「平成17年度契約実績であります。」(2006年5月13日 (土))にありました。この記事によりますと陸幕要求に「狙撃銃 28丁 納期18.12.27 双日エアロスペース」、「1丁 1,809,750円」とあります。ここでは「狙撃銃」となっており、「対人」とはなっていません。私もこの記事に「ピエット提督」とのハンドルネームで 2006年5月14日 (日) 23時09分と2006年6月19日 (月) 19時59分にコメントしています。その後2006年7月2日 (日)に「その後分かったことであります。」との記事をKeenedge氏は執筆しており、「狙撃銃」とは「双日エアロスペースは米国バレット社の日本代理店であることから、やはりアンチマテリアルライフルのようです。となると評価試験が行われていたM95でしょう。」と結論付けています。
(下の写真はM95SP対物ライフル 写真はWikipediaより Outisnn氏撮影)
こういった事は少し調べれば直ぐ分かる気もします。イチローナガタ氏程の人物であればバレット社が日本に対物ライフルを納入していることも知っていると思います(イチローナガタ氏程の人脈があればその情報も入っている筈です)。確かに「陸幕は出世欲と欺瞞の温床」、「かっこつけばかりで実行力はゼロ」なのかもしれません。自衛隊の実力や意識に問題意識を持って頂けるのは構いませんし、むしろ持つべきなのですが、この記事の内容は少し問題があると感じましたので執筆させて頂きました。役所の言い回しには意味がある事が少なくないのです。尤も陸自の隊員の方々が「あ〜、それは陸幕の無知な馬鹿たちが付けたんですよね~」と回答したのであれば、こういった結論になってしまうのもやむを得ないのかもしれませんが。
因みに海自は陸自とは別にアジア太平洋企業(株)という会社から「対人狙撃銃」を導入しています。M24 SWSとは異なる「対人狙撃銃」の模様です。これに関しては全く情報がありません。
参考資料
Keenedge氏ホームページ"Missiles&Arms" 契約本部16年度契約実績を読む
Keenedge氏ホームページ"Missiles&Arms" 契約本部17年度契約実績を読む
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普通の狙撃銃とアンチマテリアルライフルの区別が良くわかりません。ご指導をお願いします。
また、将来パトレイバーのようなモノが出てきた時は、ヒトが乗るのには対人狙撃銃で、リモコンで動くのには狙撃銃なのでしょうか?
ロボット兵器の開発は想像以上の早さで進んでいるようなので、バカバカしいようですけど考えてみました。
投稿: みやとん | 2011年5月31日 (火) 14時59分
みやとん氏
簡単に説明しますと
>対人狙撃銃
人を狙撃するのに使用する狙撃銃です。弾薬は7.62x51mm NATO弾等を使用します(通常のライフル弾)。有効射程はM24で約800mとされています。
>アンチマテリアルライフル
対物狙撃銃のことです。軽装甲車両等にダメージを与える目的で使用されます。この目的の為に12.7x99mm NATO弾(M2重機関銃と同じ弾薬)等の強力な弾薬を使用します。有効射程距離も約2kmあるとされています。当然「対人狙撃銃」としての使用も可能であり、イラク戦争での有名なエピソードとして1.5km先にいた敵兵の身体を両断したとされています。その強力さから対人狙撃銃としての使用はハーグ陸戦条約に抵触するとの議論もあります(私はそうは考えませんし、実際の戦場では12.7mm弾が飛び交っています)。
対物狙撃銃はハイジャック対処にも有効です(対物ライフルであればコクピットの風防を直線で貫通可能)。
後半部分のパトレイバーに関しましては、大変申し訳ありませんが私の読解力不足により意味を解する事が出来ませんでした。お詫び申し上げます。
投稿: アシナガバチ | 2011年5月31日 (火) 21時21分
ありがとうございます。
小口径が対人狙撃銃、12.7ミリのような大口径がアンチマテリアルライフル、でいいのですね。
そして、12.7ミリは対人狙撃銃としても使用可ということですね。
どうも体戦車ライフルとごちゃごちゃになっていました。
ハインラインのSF小説に「宇宙の戦士」というのがあります。その中で主人公は倍力装置付きの戦闘服を着て敵と戦います。(ガンダムの原型ですね)
倍力装置は日本では介護の補助やその他の作業用として開発されています。
アメリカでは軍事用としても開発されているそうです。
その倍力装置付きの戦闘服を着ている人間に対しては、対人狙撃銃あつかいになるでしょう。しかし、人間が着ないで(空っぽで)自立起動、ようするにアシモのように動いたとしたら、その相手には「対人」になるのか「対物」になるのか?
バカバカしいですけど、書類上の区別はどうなるのか、ということかこだわってみました。
もっとも、お役人さまなら「体装甲服用狙撃銃」というカテゴリーをつくるかもしれませんが--。
追伸:大口径に対人がつかないのは、旧軍で13ミリ以上が機関砲扱いされていたのとカンケイがあるのでしょうか?
投稿: みやとん | 2011年6月 3日 (金) 15時53分
みやとん氏
対戦車ライフル=対物ライフルです。昔は対物狙撃銃を対戦車と呼称する事もありました。今はこの表現が使われなくなりました。その理由は対物ライフルで現代の主力戦車にダメージを与えることは不可能だからです。
>倍力装置付きの戦闘服を着ている人間に対しては、対人狙撃銃
>人間が着ないで(空っぽで)自立起動、ようするにアシモのように動いたとしたら
こういった区別ではありません。問題はダメージを与えられるかどうかなのです。
アシモの様なものでも7.62x51mm弾で破壊する事が出来ればそれで十分ですし、装甲が厚く通常のライフル弾で損傷が与えられないのであれば12.7x99mm弾による攻撃(対物ライフルの使用)が必要となるでしょう。
人が乗っているガンダムの様なものでも装甲が厚く通常のライフル弾で損傷が期待出来ない場合はやはり12.7x99mm弾(対物狙撃銃)を使用することになります。
人が乗っている/乗っていないは関係がないのです。むしろ車両に人が乗っているのであれば対物ライフルで攻撃し、車両を損傷しつつ運転手も殺傷出来れば正に一石二鳥と言えます。ただ通常の乗用車であれば7.62x51mmで運転手を殺傷可能ですから、対物狙撃銃の使用はオーバーキルといえるかもしれません。
また要人暗殺などの場合で、警備が厳しい場合は対物狙撃銃で2Kmの遠距離から狙撃するということも方法としてあります。ただ2Kmからの狙撃となりますとそれ相応の腕前は必要ですが。
>「大口径に対人がつかないのは、旧軍で13ミリ以上が機関砲扱いされていたのとカンケイがあるのでしょうか?」
そうではなく、対物狙撃銃はそもそも車両、ヘリコプター、駐機中の航空機を損傷する為に開発された銃です。
投稿: アシナガバチ | 2011年6月 4日 (土) 12時55分
みやとん氏
もう一点付け加えますと要人暗殺に使用する場合は逃走経路/逃走手段を用意することが必須です。
対物ライフルは大型であり、重量もあります。また発射音も大きく直ぐに居場所を特定される虞があります。
投稿: アシナガバチ | 2011年6月 4日 (土) 18時44分
少し疑問に思う点があったので質問させていただきます。
米で拳銃自殺をはかろうとした男性が持っていた銃を、SWATが狙撃銃にてプラスチック弾で撃ち抜いて自殺未遂でつかまえるという事件がありました。
「世界まるみえ」かなにかで放送されたので、動画が無いか探してみたのですが見つかりませんでした。
こういう用途の場合、対物狙撃銃となるわけですが使用されるのは7.62×51mm弾ですよね。使う銃も、対人狙撃銃と呼ばれているようなものです。
日本でこのような使い方をされているのかは知りませんが、このような事実を知っている者としてはイチローナガタ氏の意見にオーバーな点は見受けられても、納得できる点が無いかといわれればそうでもないような気がします。
投稿: sub. | 2011年6月 5日 (日) 01時47分
sub.氏
私もその番組を見たことがあります。数年程前だったでしょうか。
イチローナガタ氏はM24 SWSは人を狙撃する銃である事は明白なのであるから、わざわざ「対人」と命名する必要性がないという見解です。実際に7.62mm級狙撃銃は軍や警察に於きましては人を狙撃するのが通常の用途です。sub.氏に今回ご提示して頂いた用途はむしろ例外的なケースだと思います。
イチローナガタ氏の見解に対して私の分析というのは、防衛省が無知なのではなく、「対人狙撃銃」と命名したのは「対人」以外の目的で使うことを主要な用途とした「狙撃銃」があると防衛省は認識しているのではないかとの意見です。
実際に防衛省は「対人狙撃銃」と「狙撃銃」を使い分けています。
従いましてイチローナガタ氏は誤った根拠で防衛省を批判しているのではないかと私は考えています。
余談ですが軍隊と警察では若干ニュアンスが異なります。軍隊は国土の防衛が主任務です。従いまして敵の殺害が前提となります。それに対して警察の主任務は(特に英米法系の警察では)犯罪捜査と犯人の検挙です。従いまして容疑者が生存していることが大前提です。このことからテロリストにとり軍隊系特殊部隊と警察系特殊部隊が出動してくることでは意味合いが全く異なるのです。
投稿: アシナガバチ | 2011年6月 5日 (日) 11時12分
それにしましてもイチローナガタ氏のブログの該当記事にトラックバックを送ったのですが、日本時間6月5日(日)午前11:20現在反映されていないです。本人が気が付いていないのか、フィルターでスパム扱いされているのか、それとも・・・。
投稿: アシナガバチ | 2011年6月 5日 (日) 11時26分
ふうむ。なるほど。
鋭い見解だと思います。
投稿: sub. | 2011年6月 5日 (日) 21時57分
sub.氏
私もKeenedge氏の記事を読んでいなければイチローナガタ氏の見解を鵜呑みにしていたと思います。
投稿: アシナガバチ | 2011年6月 6日 (月) 07時59分
どうも、はじめまして。僭越ながら対物狙撃銃の説明で補足したいことが。
もともと対物狙撃銃が軍で採用されたのは、装甲車や駐機中の航空機を攻撃するためのものではありませんでした。
最初に使われ始めたのは工兵部隊で、用途はIEDや地雷、不発弾などの爆発物処理のためです。安全な距離から爆発物を狙撃し、ドラスティックながらシンプルに爆発物を機能停止させるためです。”対物”のもともとの意味はそういうことだったりします。
ですから対物狙撃銃が空軍など、一見すると必要のなさそうな部署にまで配備されていたりします。
http://it.wikipedia.org/wiki/File:M82_Sniper_US_Air_Force.JPEG
(ページ下部のソース・キャプションに注目)
現在のような攻撃に使われるようになったのは湾岸戦争からでした。そして対テロ・ゲリラ対策に注目されるようになりました。
投稿: Macchi | 2011年6月26日 (日) 21時13分
Macchi氏
はじめまして。今後とも宜しくお願いします。ご指摘有り難うございます。リンク先には確かに下記の記述があることを確認しました。
The Barrett M82A1 rifle is one of the many ways EOD team members can destroy explosive devices from a safe distance.
M82A1ライフルはEODチーム要員が安全な距離から爆発物を破壊する多数の方法のなかの一つである。
投稿: アシナガバチ | 2011年6月26日 (日) 23時26分