ゲーツ国防長官とパネッタ次期国防長官の同盟や予算に関する発言に思うこと
以前の記事「Lockheed Martin社に対するハッキング事件と米国の反応に思うこと」にて米国が対中包囲網を構築する方向性であることは述べました。その一方で米国の方針が同盟国に一定の役割分担や負担を以前にも増して求めるものになりつつある可能性もあります。
ゲーツ米国防長官長官がブリュッセルで実に興味深いスピーチを行いました。Defense Newsの2011年06月10日の記事"Gates Laments NATO's Military, Political Flaws"(ゲーツ氏がNATOの軍事的、政治的欠点に苦言を呈す)によりますと、ゲーツ長官がNATOの能力不足と覚悟の度合いを批判したとのことです。このゲーツ氏のNATOに対する批判は日本にもそのまま当てはまるものも多く感じられました。そうだとしますと、米国が日本に対しても同様の不満を抱いている可能性はあります。この報道を抜粋し翻訳します。
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Gates cited helicopters, transport aircraft, surveillance and reconnaissance, and intelligence as areas where NATO has struggled. Gates added that "similar shortcomings in capability and political will had the potential to jeopardize the NATO air and sea campaign in Libya."
ゲーツ氏はヘリコプター、輸送機、監視と偵察、そして情報収集能力をNATOが未熟であったとして列挙した。ゲーツ氏は同様の能力不足と政治的意思の欠如がリビアに於けるNATOの空及び海での作戦を水泡に帰す虞を生じさせかねなかったと付け加えた。
Although NATO has achieved its initial objectives of grounding Libya's air force and reducing Moammar Gadhafi's ability to attack civilian populations, Gates said fewer than one-third of NATO allies had taken part in airstrike missions. "In the Libya operation, many allies are running short of munitions, requiring the U.S. to make up the deficit," he added.
NATOはリビア空軍の強制着陸との当初の目的を達成しカダフィの民間人攻撃能力を減らしたが、ゲーツ氏はNATO同盟国の1/3以下が空爆作戦に参加したと述べた。「リビア作戦では、多くの同盟国が装備品不足となり、米国が不足分を補うこととなった」とゲーツ氏は付け加えた。
Gates also said the emergence of a "two-tier alliance" of peacekeepers and those doing the hard combat missions is unacceptable.
ゲーツ氏は「平和維持のみの国と困難な戦闘任務を遂行する国との『二層構造の同盟』の出現は受け入れられない」とも述べた。
Describing himself as the last senior leader to be a product of the Cold War, Gates issued a stark warning to European leaders: "The emotional and historical attachment U.S. leaders had with allies is ageing out. Decisions and choices [in the future] will be made more on what is in the best interests of the U.S.
ゲーツ長官は自らを冷戦の遺物として最後の閣僚であると述べ、NATO指導者に「米国指導者が同盟国に有していた心情的及び歴史的好感は時代遅れとなりつつある。(未来の)決定と選択は米国の最大の国益は何かということに基づいて行われるであろう」と警鐘を鳴らした。
Gates also noted that only five of the 28 NATO allies currently exceeded the agreed NATO benchmark of spending 2 percent of GDP on defense.
ゲーツ氏はNATOの28の加盟国中5ヶ国のみが現在NATOで同意された水準であるGDPの2%以上を国防に費やしていると言及した。
Gates also said the U.S. government was looking at dramatic cuts in a wide range of programs. "Defense will have to bear some of that burden," he said.
ゲーツ氏は米国政府はが幅広い分野で大幅な支出削減を計画しているとも述べた。「国防もある程度それを受け入れなくてはならないであろう」とゲーツ氏は言った。
(引用終了)
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(上の写真はWikipediaよりゲーツ国防長官 著作権はPublic Domain)
ゲーツ国防長官のNATOに対する上記の苦言は、我が国の防衛政策を色々と想起させる部分があります。米国がNATOに対してこの様な不満を抱いているとするならば、日本に対しても同様の不満を抱いている可能性があることは想像に難しくありません。
それでは米国政府支出削減によって、米国の国防予算はどの様な影響を受けるのでしょうか。それに関する報道をやはりDefense Newsで見付けることが出来ました。2011年6月9日のDefense Newsの記事"Panetta: $400B Cut Won't Harm U.S. Security"(パネッタ氏:4000億ドルの削減は米国の安全を害さない)です。下記に抜粋し、翻訳します。
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Leon Panetta, nominated to become the next U.S. defense secretary, told the Senate Armed Services Committee on June 9 that the government does not need to choose between fiscal discipline and a strong national defense.
次期国防長官に指名されたレオン パネッタ氏は6月9日の上院軍事委員会で政府は財政規律と強固な国防の二者選択をする必要はないと述べた。
The $400 billion cut to the security budget over 10 years called for by President Barack Obama will not pose a risk to national security, he said during his confirmation hearing.
今後10年間で安全保障関連予算から4000億ドルの削減とのバラク オバマ大統領の要求は国家の安全に危険を引き起こすものではないとパネッタ氏は確認聴聞で述べた。
He acknowledged that some tough choices would have to be made, but Panetta said the country could maintain the strongest military in the world while also reining in defense spending.
パネッタ氏は幾つかの難しい選択をしなくてはならないことを認めたが、パネッタ氏は国防支出を抑制しつつ世界最強の軍事力を維持出来ると述べた。
Panetta said he did not know how much of the $400 billion would come from the Pentagon.The security budget includes funding for the State Department, the intelligence community, the Department of Homeland Security, the Department of Veterans Affairs, the U.S. Agency for International Development and the nuclear weapons activities of the Department of Energy.
パネッタ氏は4000億ドルのうちどの程度が国防総省に振り分けられるか知らないと述べた。安全保障関連予算は国務省、諜報部門、国土安全保障省、退役軍人省、エネルギー省の国際開発及び核兵器動向庁も含む。
Panetta, a former Democratic congressman from California, was director of the Office of Management and Budget (OMB) during the Clinton administration. He is now director of the CIA.
カリフォルニア州選出の民主党議員であったパネッタ氏はクリントン政権時代に米国行政管理予算局(OMB)の局長だった。パネッタ氏は現在CIAの長官である。
(引用終了)
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(上の写真はWikipediaよりパネッタCIA長官/次期国防長官
上記記事から考えましても、米国の安全保障関連の予算は大幅に削減される方向性です。パネッタ氏が次期国防長官として指名されたのは、米国行政管理予算局(OMB)の局長を務めた経験も考慮された可能性があります。この記事にもあります様に、4000億ドル全てが国防総省予算から削減される訳ではありませんが、米国の軍事力や紛争介入時にある程度の影響を及ぼすことは避けられません。このことから同盟国に一層の負担を求めてくる可能性があります。ゲーツ長官はこういったことからNATO諸国に警告を発したと思われます。
その一方で前の記事でも述べましたが米国として中国包囲網を構築する方針である旨をゲーツ長官が6月4日にシンガポールにて述べています。また上記の記事では触れられていませんが、6月9日の上院軍事委員会公聴会にてパネッタ次期国防長官も中国を念頭に空・海両軍が統合して敵軍を撃破する「エア・シーバトル(空・海戦闘)構想」の重要性を強調しました(2011年06月10日(金) 産経新聞)。しかしこの予算削減と抑止力強化は両立しないかもしれません。日本は厳しい財政事情を受けて防衛予算の削減が続いています。下の各図表は2009年度防衛白書からです(クリックにて拡大)。
上の各図表から見て頂きましても防衛費の削減傾向が続いており、また防衛費の半額近くが人件費であり、世界各国と比較しましてもGDP比率は極めて低い事が分かると思います。これに対して中国の国防費推移は2010年度防衛白書によりますと下記の図表の通りです(クリックにて拡大)。
1989年より継続して二桁の伸び率で推移しています(2010年度は約9.8%)。またこの白書にて述べられていますが、「中国が国防費として公表している額は、中国が実際に軍事目的に支出している額の一部にすぎないとみられていることに留意する必要」があります(研究開発費などは含まれていない)。
既に各報道で皆様もご存じのことと思いますが、平成23年度6月8日の統合幕僚監部の発表によりますと、中国海軍のソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦3隻を含む艦隊計8隻が宮古島の北東約100kmの海域を東シナ海から太平洋に向けて南東進しました。更に6月9日にはフリゲート艦3隻が同様のルートを通行しました。
(下の写真は海上自衛隊撮影の中国海軍ソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦3隻中1隻 平成23年度6月8日の統合幕僚監部の発表より クリックにて拡大)
日本の防衛費の増強も喫緊の課題となりつつあります。国家の最大の使命は国民の生命、領土、財産を守る事なのです。それでは具体的に如何に行うかです。それをに関しましてはtwitter上でfj197099氏が2011年06月11日に興味深い提案をしています。日本は防衛費を東アジアの平均1.4%程度まで引き上げるべきであること、またそれは消費税にして1%程度であることを指摘しています(fj197099氏の根拠はMilitary Balanceと子供手当に関する議論で消費税1%増税で2兆円の税収となるとの主張から)。
政府は社会保障と税の一体改革で、消費税率引き上げと同時に税制全体を抜本的に見直す一方、日本企業の国際競争力を維持するため、地方税を含む法人実効税率は引き下げる方針ですが、こういった防衛政策の観点も議論に含めるべきでしょう。
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コメント
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中国が勢力を増大し、日本経済が低迷から抜けきれないという最悪なタイミングで、アメリカがふたたびモンロー主義的な傾向を強めつつあるということなのかもしれません。
新大陸に引きこもるならずっと引きこもっていてくれればいいものを、なにかの弾みで今度は世界の警察官を目指してみたり、また引きこもったりを繰り返すのは迷惑な話です。
・・・と、思わず感情的なところを書いてしまいましたが、アメリカのアジアに対する適切なコミットメントを維持するためにも(彼らがそうするように仕向けるためにも)日本の防衛費の増額は必要でしょうね。
投稿: はじめまして | 2011年6月17日 (金) 09時06分
はじめまして。今後とも宜しくお願いします。
今回の方針はモンロー主義とはまた異なるかもしれません。米国は対中包囲網をむしろ強化する方向性だと思われます。シンガポールにも新型艦艇「沿海域戦闘艦」(LCS)を配備する方針です。
http://mainichi.jp/select/world/news/20110605k0000m030009000c.html
またパネッタ次期国防長官のエア・シーバトル重視もその一環でしょう。
その一方で中国の軍事力の急速な増強と米国の財政難から、米国一国のみでは対処しきれないと感じ始めており、だとすれば多国間による分担が現実的との判断なのかもしれません。冷戦時代のNATOと同じです。
しかしその元祖NATOが積極的に負担を分担する国とそうではなく人道的分野や後方支援のみを行う国に別れており、「二層構造の同盟」となりつつあることにゲーツ氏は不満を表明したのでしょう。
その意味で日本も具体的な行動と方針表明が求められるかもしれません。
投稿: アシナガバチ | 2011年6月18日 (土) 07時51分