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2011年10月22日 (土)

カダフィ大佐が死亡


大きな地図で見る 
(上の画像はGoogle Earthよりリビア A地点はシルト 西にベンガジ、東にミスラタとトリポリがある クリックで拡大)
以前にも二度ほどリビア情勢に関しましてこのブログでも記事を執筆したことがありました。

「リビア動乱でアルカイダがリビアの対空ミサイルを奪取か 反政府運動にも関与の可能性」(2011年3月27日 (日))

中国がカダフィ派に武器販売を提案か(2011年9月 9日 (金))

 そしてリビア内乱は実質的にほぼ終焉を迎えることとなりました。皆様も各報道でご存知のことと思いますが、リビアのカダフィ大佐が死亡しました。シルトから逃走を図る前にNATOの空爆を受け、逃亡を阻止されてその後に暫定政府側に拘束され、死亡したとの事です。 それではカダフィ大佐の最後はどの様なものだったのでしょうか。2011年10月20日(木)7:00PMのDefense Newsの記事"U.S. Drone, French Jet Stopped Gadhafi Convoy(米国の無人機とフランス戦闘機がカダフィの集団を足止め)"は下記の通り報じています。
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A U.S. defense official said Oct. 20 a U.S. Predator drone along with a French fighter jet had attacked a convoy of vehicles in Libya that Paris believed was carrying Moammar Gadhafi.
10月20日に米国防総省筋が述べたところによると、リビアでムアンマル・カダフィを護送していたと仏政府が確信している車両集団を米軍のプレデター無人機とフランス戦闘機が攻撃した。

French Defense Minister Gerard Longuet had earlier revealed that a French Mirage-2000 fired a warning shot at a column of several dozen vehicles fleeing Sirte.
仏国防相Gerard Longuetは以前にフランス軍のミラージュ2000がシルトより逃走を図った数十台の車両の列に警告射撃を行ったことを明らかにしていた。

The U.S. defense official, who spoke on condition of anonymity, said the unmanned Predator aircraft had struck "the same convoy" but could not confirm that Gadhafi was in one of the vehicles.
プレデター無人機が同一の車列を攻撃したが、カダフィがそのうちの一両にいたか確認出来なかったと米国防総省筋は匿名を条件に述べた。

Libyan fighters then intervened, destroying the vehicles, from which "they took out Colonel Kadhafi," he added.
その後にリビアの兵士が介入し、車両を破壊し、カダフィ大佐を連れ出したと彼(Gerard Longuet国防相)は述べた。

The French warplane was sent to the area after news emerged of a large convoy of up to 80 vehicles trying to flee Sirte, he said.
80台程の大規模な車列がシルトを逃れようとしているとの情報を受け、フランスの戦闘機がその場所に派遣されたと彼(Gerard Longuet国防相)は述べた。

(抜粋、翻訳終了)800pxmirage20005f_12_cigognes
(上の写真はWikipedia英語版よりMirage2000 クリックで拡大 転載自由)

800px080709f2511j105(上の写真はWikipediaよりPredator クリックで拡大 著作権はPublic Domain)
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 この報道からまずフランスが今回のカダフィ大佐の発見と死亡に重要な役割を果たしたことが窺えます。また匿名ソースであるので検証は不能ですが、米国もカダフィ大佐の逃走阻止に結果として貢献したのかもしれません。その後は何が起きたのでしょうか。10月21日4時41分のNHKの報道「カダフィ大佐と息子殺害」によりますと、「カダフィ大佐は救急車に乗せられて病院に到着する数分前に死亡したということで、救急車に同乗していたという医師によりますと、頭と胸に受けた2発の銃弾が致命傷になったとみられるということです」としています。この致命傷となった銃弾に関しましてはNTCのジブリル首相は「大佐を乗せたトラックが動き始めると、カダフィ派と反体制派との銃撃戦に巻き込まれ、大佐は頭部に銃弾を受けた」(2011年 10月 21日 08:51 JST ロイター)と説明しています。
ここにカダフィ大佐拘束時の動画がCNNにより報道されています(冒頭に数十秒のCMあり)。

この動画を見る限りではカダフィ大佐は自分で歩いています。周りから暴行を受けています(この報道の0分28秒前後)。またCNNの解説によりますと「恥を知れ!この罪人め!」とカダフィ大佐は周囲を罵倒し、それに対し周囲は「お前が言うな」と言ったとの事です(この報道の0分40秒前後)。この報道でも問題提起されていますが、この明らかに生きている状態から、何故死んだのか(この報道の約0分50秒)が大きな疑問です。カダフィ大佐はミスラタの病院に搬送中に銃撃戦に巻き込まれ、頭部への銃弾で死亡したのであり、意図的に処刑したのではないとリビア暫定政府は主張してるとのことです(この報道の1分30秒前後)人権団体によりますとカダフィ大佐が拘束された地点では95人の死体が発見され、少なくとも10人が至近距離から射殺されているとしています(この報道の1分57秒より)。


 これで国民評議会側が8ヶ月に亘った内戦に決着を着けたことになります。尤もNATOの支援がなければNTC側は間違いなく敗北していたと思われますが。

2011年10月24日(月)追記:「NATO空爆出撃9600回、反カダフィ派支援」(2011年10月20日23時31分  読売新聞)

しかしNTCは最後の最後でミスを犯したのかもしれません。それはカダフィ大佐を極めて不自然な状況で死亡させたことです。これは国際社会に今後のリビア新政府の体質に一抹の不安を抱かせるものです。

2011年10月24日(月)追記: 「「カダフィ大佐死亡状況の調査が必要」、国連人権高等弁務官事務所」(2011年10月22日 10:34 発信地:ジュネーブ/スイスAFP)

2011年10月26日(水)追記:カダフィ氏遺体、25日埋葬か…極秘の場所に(2011年10月25日13時48分  読売新聞)

あるいは武装勢力をNTCはコントロール出来ているのでしょうか。新政府は調査を積極的に受け入れ、説明する義務があります。

因みにアル=アラビーヤに8ヶ月間に亘る内戦の簡単な経緯が英文で掲載されています(リンク先閲覧注意:カダフィ大佐の死体の写真が掲載されている。閲覧を希望されない方は下記の筆者による翻訳のみを参照願います。)

2011年02月15~16日:人権活動家Fethi Tarbelの逮捕がベンガジで暴動を引き起こす。

2月24日:反政府武装勢力がカダフィ派勢力を排除後に中部湾岸都市のミスラタを管理下におく

2月26日:国連安保理がカダフィとその家族に制裁を科し、反乱軍の弾圧を国際刑事裁判所に付託

2月28日:EU加盟諸国がカダフィとその側近に対する制裁を承認

3月5日:ベンガジの反乱軍国民暫定評議会(NTC)がリビアの唯一の代表であると宣言

3月17日:国連安保理がカダフィ軍から市民を守る為にリビア上空に飛行禁止区域と軍事行動を発動する為に投票

3月19日:ベンガジに攻勢を強めていたカダフィ派とリビア防空網に最初の空爆

4月30日:NATOの住宅に対するミサイル攻撃がカダフィの最年少の息子と孫を殺害したとカダフィ政府発表

6月27日:人道に対する罪で国際刑事裁判所がカダフィ、彼の息子セーフ・イスラム、諜報トップAbdullah al-Senussiに対し逮捕状を発布

8月21日:反乱軍が抵抗なしでトリポリに突入。カダフィが国営放送で反乱軍の「ネズミども」に対して戦うようリビア国民に演説。

8月23日:反乱軍がトリポリの要塞化したカダフィのBab al-Aziziya邸宅を占領し、彼の支配の象徴を破壊

8月29日:カダフィの妻、娘Aishaと彼の息子2人がアルジェリアに入国。Aisha Qaddafiは国境を越えて数時間後に国境近くの町で出産

9月1日:リビアの暫定的指導者がリビア復興を協議する為に世界各国の首脳とパリで会合。カダフィが政権を獲得して42年目であり、支援者に抗戦を呼びかけ。

9月8日:Mahmoud Jibril暫定首相が占領後に初めてトリポリに到着

9月11日:リビアが製油再開。ナイジェリアの発表によるとカダフィの息子のSaadiが入国。

9月13日:暫定政府指導者Mustafa Abdel Jalilが10,000人の群衆を前に初の演説を実施

9月15日:フランスのニコラ サルコジと英国のデーヴィッド・キャメロンがリビアに到着し歓迎を受ける

9月16日:国連安保理が国営石油会社と中央銀行を含めリビアに対する制裁を緩和。国連総会が暫定政府代表団を国連に於けるリビア唯一の代表団として認定する要請を承認し、NTCを実質的に認証。

9月20日:米国のバラク オバマ大統領が駐トリポリ米国大使の復帰を発表すると同時にカダフィ派残党に投降を呼びかける。シリアにあるArraiテレビ局の報道でカダフィが演説の中でNATOを批判

9月21日:暫定政府首脳はトリポリ陥落以降にカダフィ派下にあった三都市のひとつであるサブハ区域をほぼ占拠と述べる。カダフィの生誕地であるシルトとバニワリードは抵抗を続ける。

9月25日:イタリアへ東部港湾のMarsa el Harigaから数カ月後ぶりにリビアの最初の原油が出荷予定。

9月27日:NATOはリビアの暫定政府がリビアの化学兵器と核物質の在庫を完全にコントロールと述べる。

10月12日:政府軍はカダフィ息子のMotassimがシルトを逃亡した後に捕獲

10月13日:NTC軍はカダフィ派が包囲されている第二地区以外はシルトを完全に掌握と述べる。

10月14日:トリポリでカダフィ支持者とNTC軍の間で銃撃戦が発生、最初の新政府に対する武力反攻の兆候

10月17日:NTC軍がカダフィ派最後の拠点の一つであったバニワリードの占領を祝う

シリアのテレビ局がカダフィの息子のKhamisが8月29日にトリポリ南東の戦闘で死亡と確認。

10月18日:ヒラリー クリントン米国務長官がリビアに電撃訪問し、武装勢力に調和を求める

10月20日:NTC軍がカダフィの故郷であるシルトを占領し、二ヶ月間に亘る包囲戦を終結させ失脚した指導者に忠誠を誓った部隊の重要拠点は喪失した。

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