防衛省平成25年度見直し概算要求と下地島空港問題
1.はじめに
皆様もご存知の事と思いますが、政権交代に伴いまして防衛省の概算要求が1000億円増額され改定されました。
(そして此方が改訂前の概算要求になります。)
「平成25年度概算要求の概要(PDF:2.9MB)」
更にこれが改訂前の概算要求に関します当ブログの記事です。
「防衛省平成25年度予算概算要求が公表される」(2012年09月16日(日))
2.改定後の防衛省平成25年度予算概算要求の内容
(上の画像は「平成25年度見直し概算要求に関する主要事項」より予算の増加分の使途を分かりやすく図解したもの。 改定前は平成24年度予算と比較して602億円の減少となる予定であったが、改定後は平成24年度と同水準+更に「事項要求」として1000億円以上を上乗せしたものとなる。クリックで画像拡大)
改定後概算要求の青の部分が改訂前から新たに付け加えられた部分となっています。正面装備に大きな変更点はありません。上の画像にもありますが、装備品の即応性向上が中心です。
「修理費等確保によるトラック等の装輪車両、無線機等の通信機器、ヘリコプター等の航空機の可動率向上」
「修理費等確保による護衛艦、哨戒ヘリコプター(SH-60J/K)等の運用拡大」
「早期警戒管制機(E-767)及び早期警戒機(E-2C)の運用拡大を支えるための燃料費、修理費、通信維持費等の確保」
正面装備関連で目立つものとしましては潜水艦の改善事業(第5頁・PDFファイル6枚目)とオスプレイ導入検討の調査費用が800万円盛り込まれた(第8頁・PDFファイル9枚目)ところでしょうか。なお政府・与党の意向により導入が前倒しとなったグローバルホークの「運用・維持・整備に係る海外調査」は100万円から変更となっていません(第9頁、PDFファイル10枚目)。
また陸自の定員を4000人削減するとの民主党政権時代に策定された防衛大綱の見直しを行う為に、24年度末定員の水準で凍結するとしています(第16頁, PDFファイル17枚目)
「事項要求」の1000億円以上の上乗せ分の使途の概要は第17頁(PDFファイルにて18枚目)に掲載されており、(1)「装備品の維持修理態勢の充実及び能力向上等による即応性向上」、(2)「隊員の練度向上のための教育訓練の充実強化」、(3)「災害等対処拠点としての駐屯地・基地等機能の維持・強化」、(4)「各種事態に即応するための自衛隊の充足」、(5)「自衛隊の戦力発揮を支える事務官等の増員」が列挙されており、主に後方支援体制の強化と言えるでしょう。
3.空自による下地島活用の検討開始?
これらの事から、自衛隊の稼働率を向上する為の後方支援的な費用が上乗せされたのみと私は解釈していました。しかし概算要求の数日前より下記の様な報道がありました。
「空自が下地島活用 尖閣対応で防衛省検討」(2013年1月8日(火)9時50分配信 琉球新報)
その一方で沖縄タイムスはより表現を抑えた報道となっています。
「尖閣 空自強化に調査費 防衛省概算要求」(2013年1月12日(土)10時31分配信 沖縄タイムス)
防衛省「下地島を念頭に置いているわけでも、排除しているわけでもない」
この二つの報道には微妙なニュアンスの違いがあります。琉球新報の報道は「下地島空港の自衛隊活用など南西地域での航空自衛隊の運用態勢の強化のための研究調査費を盛り込む」としているのに対して、沖縄タイムスの報道は「滑走路使用だけでなくレーダー設置や強化などさまざまな態勢強化の在り方を検討する考えを示している」としている点です。琉球新報の報道は下地島空港を活用することを想定して研究を行うとなるのに対し、沖縄タイムスの報道は防衛省が様々な方向性を検討している段階であり特定の選択肢を「念頭に置いているわけでも、排除しているわけでもない」という事になるのです。 この同じ項目に関する、二つの異なる新聞社による、二つの趣旨が異なる記事は、同じ資料を参照にしながら独自の取材を加えて執筆したものと思われます。
これらの報道に該当すると思われる項目が第7頁(PDFファイル8枚目)に「南西地域における航空自衛隊の運用態勢の充実・強化に係る調査研究」として確かに記述されていますが、表現的には非常に抽象的です。公表されている資料のみでは「下地島を念頭に置いているわけでも、排除しているわけでもない」とする沖縄タイムスの報道が現段階ではより正確かもしれません。その一方で下地島空港の自衛隊による活用は否定がされておらず、検討課題となったことを意味します。
沖縄県公式ホームページより下地島空港、空港面積:3,615,000平方m, 滑走路:3,000m×60m, エプロン:129,200平方m
それではなぜ下地島空港の自衛隊による活用が必要となるのでしょうか。それは那覇基地からのスクランブルでは間に合わない可能性があるからです。2012年12月13日11時6分頃にY-12が領空侵犯した事案がありましたが、レーダー網で捕捉出来なかっただけではなく、空自戦闘機が現場に着いた時には、すでに飛び去っていました。2013年01月10日(木)には中国空軍の戦闘機が尖閣諸島北方の領空の外側にある防空識別圏を飛行し空自戦闘機が緊急発進しましたが、現場に到着した時にはやはりすでに飛び去っていたとのことです。
以前にも空自元幹部の数多久遠様がブログでこの問題を指摘し、下地島を利用する利点を記事にしていました。下記はその記事の引用です。
-------------------------------------------------------------------
「下地島空港を自衛隊が使用する効果」(2010年11月18日 (木))
(1)「尖閣周辺空域の航空優勢を争うに際し、那覇基地しか使用できない場合、中国本土の空軍基地から敵戦闘機が発進したことを察知してから迎撃機を上げるというやり方では、そもそも間に合わない可能性が高く、継続的な航空優勢を確保するためには、それなりの機数をもって常時CAPを行わなければならないことになります。」
(下の地図は同ブログ記事より尖閣諸島や下地島等の位置関係を現したもの、本人の承諾により転載、クリックで画像拡大)
(2)「この距離は、戦闘機がそれぞれの基地から飛び立って、尖閣周辺で交戦する際の戦闘可能時間に直結します。」、「中国軍機は先にRTB(リターン・トゥ・ベース)しなければならない」
(3)「下地島は過密した那覇基地に比べ、エプロンなどを非常に余裕を持って使える」、「警備面でも、周囲にほとんど人家のない下地島は、那覇に比べ優れています。」
(引用終了)
-------------------------------------------------------------------
(上の写真はWikipediaより下地島、数多久遠様のご指摘通りに周囲に民家がほぼ皆無であることが分かる、 663highland氏が撮影、クリックで写真拡大)
4.空自が下地島空港を活用する上での問題点
(1).「屋良覚書」と「西銘確認書」
その一方で下地島空港の軍民共用化は1971年(昭和46年)8月に締結された「屋良覚書」、1979年(昭和54年)6月の「西銘確認書」により「人命救助、緊急避難等特にやむを得ない事情のある場合を除いて民間航空機に使用させる方針で管理運営することを県が当時の運輸大臣との間で確認」されており、現状の決めごとによれば自衛隊が使用することは認められていません。
平成19年 第3回 沖縄県議会(定例会) 土木建築部長(首里勇治)発言
ただこれらは「人命救助、緊急避難等特にやむを得ない事情のある場合を除いて」となっていますので、空軍機も含む中国の航空機が尖閣諸島を脅かす事態になっている現状に於きましては「やむを得ない事情」と判断が可能かもしれません。ただ問題は誰が「やむを得ない事情」として解禁する権限があるかです。またそれはどの様な手続きによるのかも分かりません。「屋良覚書」と「西銘確認書」にその明記はあるのでしょうか。これに関しましては私の知識不足と調査不足により分かりませんでした。
(2).堪抗性の問題
当然のことですが下地島に基地を設けるとしますと、それは最前線基地です。そうであれば貴重な戦闘機を奇襲から保護する為にも堪抗性の高い基地とする必要があります。地対空ミサイルの配備も必須でしょう。尤も有事の際は民間空港も攻撃の対象となる可能性が高いと思われますが。
5.さいごに
事態は緊迫化しています。そうだとしますと今ある設備を有効活用する必要があるでしょう。「排除しているわけでもない」はないのですから、早急に結論を出すべきです。下地島空港はその有力候補だと言えます。
« 産経新聞が防衛大綱改定の概要を報じる | トップページ | 平成24年度防衛省補正予算案の概要を読む »
「軍事」カテゴリの記事
- THALES BUSHMASTERを防衛省が導入へ(2014.04.21)
- 日本国武器輸出三原則の変遷(2014.04.14)
- 米軍サイバー防衛要員が3倍に(2014.03.31)
- 2015年度米国防予算案が日本の防衛政策に与える影響(2014.03.22)
コメント
この記事へのコメントは終了しました。
追加された燃料費、修理費や部品の費用は今も続く中国による挑発が自衛隊にとって大きな負担となり続けている事を示しているのかもしれませんね。26年度予算の概要がどのようなものになるのかが今から興味深いです。
しかし個人的には下地島の利用については慎重に検討を進めていくべきと考えております。記事でもありましたように那覇よりも尖閣諸島に近いわけですから敵の攻撃に耐えうる高い防御力もそうですが、数少ない戦闘機戦力を前線にて分散させることが果たして良いことなのか否か。自衛隊の運用の構想がわかりませんから何とも言えませんが、地対空誘導弾戦力を集中して配置し、防御力を増した那覇にて集中運用するのと、新たに空港を基地化するのとどちらが費用対効果に優れるかの結論を、政治的アピールのために急ぐ事は危険だと思います。
あの地域が脅かされる事が我々の生活にも悪影響を与える以上、一般にも現状が理解される事を望みたいものです。
投稿: 橘花 | 2013年1月14日 (月) 21時37分
概算要求が政治側の理由で上積みされるなんて前代未聞ですが、モノ買いではなく、部隊の運営費用になるみたいですね。
自衛隊は、民主党政権の失策でつけ上がった中国の対応に追われている訳ですから、手当してもらうのは当然ではありますが……
下地は、地元の反応が気になります。
投稿: 数多久遠 | 2013年1月14日 (月) 22時43分
アシナガバチ様、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
さて、SH-60Kを買い増しするみたいですね。厳密な増勢ってわけではないんでしょうけど
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130112-OYT1T00252.htm
尖閣関係で何か即効性のある装備を買うとすればSH-60Kが最右翼と個人的に考えていたので、これは嬉しいニュースでした
投稿: 冷麺 | 2013年1月14日 (月) 23時47分
あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願い致します。
ちょっと色々とありましてしばらくROM専となっておりました
スクランブル発進などの回数も増えておりますし
海自空自海保には中国の対処に頑張って頂くためにも十分な後方支援(燃料、修理、ミサイル?)を
確保してあげて欲しいところであります(◎´∀`)ノ
投稿: モンキー | 2013年1月15日 (火) 01時49分
橘花様
>燃料費、修理費や部品の費用
有事となればむしろこちらの予算が正面装備より重要となってくるのかもしれません。今は不測の事態が予想される情勢であり、稼働率の向上や兵站を重視する段階であると思われます。
私は下地島の基地化は非常に慎重且つ迅速に決断するべきではないかと考えます。基地化となりますと燃料、弾薬、整備施設も必要となってきますので、そこも課題となるでしょう。護衛艦もコストパフォーマンスに優れる代替案かもしれませんね。
数多久遠様
兵站は必須ですので、事態が緊迫化するに伴い、重要な手当てとなります。補正予算案では03式中距離地対空誘導弾やPAC-3の予算も計上される見込みですね。こちらの発表も待ち遠しいです。地元の反対を最小限にすることは必須ですが、緊急時には外交・安全保障は国家の専権事項だと考えます。
冷麺様
あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。
SK-60Kに関しましては改訂前から三機の導入が予算に盛り込まれていました。
http://paper-wasp.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/09/16/photo.jpg
不明なのが、F-15の改修四機分との記述です。ここは前回、今回、読売新聞の報道の数字が合致しません。
モンキー様
あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。
同感です。人件費も上げて欲しいですね。
投稿: アシナガバチ | 2013年1月15日 (火) 13時00分
下地空港を基地化する場合、仮想敵国から近いことを考えると掩体壕で運用する必要があると思います。また、皆さまご指摘のように基地防空体制の整備も不可欠かと思います。
また、沖縄のことですから、下地空港の自衛隊利用に関しては、住民の皆さまの「真の声」とは別に、沖縄のマスコミが「余計なことをして中国を刺激するな」という論調を張って、大反対することでしょう。
投稿: ブリンデン | 2013年1月15日 (火) 13時21分
ブリンデン様
掩体壕や強力な対空火器の配備も必須となるでしょうね。マスコミ対策も賛成派と反対派をしっかり分類し、それなりに対策を講じる必要があるかもしれません。
投稿: アシナガバチ | 2013年1月17日 (木) 12時49分
待望の下地島空港の活用、自身としてもとても嬉しく思っています。
ですが、下地島は現在の焦点となっている尖閣諸島にこれだけ近距離である以上、
有事には掩体壕や防衛火器を有していても相当の被害を蒙ることは確実でしょう。
さりとて、徹底的に抗湛性を高めて軍事拠点化するのも現状の緊張をある意味煽って
しまう惧れもある。
有事に自衛官の生命を守るための避難壕などであれば賛成です。しかし、当面は領空
侵犯に対処するための自衛隊機を常駐させる最低限のレベルに留めておく方がむしろ
安倍首相の外交的包囲網のスムースな構築に寄与するのではないでしょうか。
外野の無責任な戯言と言われてしまうと、そこは否定できないのですけれど。日本の
今までのあくまで抑制的な対中方針や行動に各国の信頼と理解が得られているよう
にも感じるので。
投稿: yomoyama | 2013年1月19日 (土) 06時30分
軽空母とF-35Bの組み合わせがあればなと思うのは自分だけでしょうかね。マスコミも、煽るだけ煽って無知ぶりを発揮していますからね。MV-22の乗員がミスって洗浄液を落下させたニュースをあたかもMV-22事故ったかのように報じたり・・・、787以外でもバッテリー以外のトラブルは普通におこっているのに、787だけの得意な事例のように伝えたりと、マスゴミと言われるのも最近分かったような気がします。
投稿: キンタ | 2013年1月20日 (日) 01時23分
yomoyama様
>「領空侵犯に対処するための自衛隊機を常駐させる最低限のレベル」
それでもやはり燃料、整備など一定の設備が必要となってきますので、やはり基地ということになってしまいます。
>「安倍首相の外交的包囲網のスムースな構築」
私もこれが最も容易で短期間で可能となる対抗手段であると考えます。国際世論を味方につけると平時であっても有事であっても強力な対抗手段となるでしょう。
キンタ様
そのマスコミを如何に使い分けるか、それも手腕が問われるところです。一部のマスコミは批判しかしないかもしれませんが、その他のマスコミは活用が可能であると私は考えます。
投稿: アシナガバチ | 2013年1月22日 (火) 12時48分