中国のS-400導入計画とサイバースパイ行為が日本に及ぼす影響
1.はじめに~中国の軍事力に関する米国防省による2013年度の年次報告書~
既にお読みになられた方々も多いと思われますが、米国防総省が5月6日に2013年度版の米国議会に提出する中国軍に関する年次報告書を発表しています。
この報告書の中で中国軍が基本的に台湾を巡る紛争を主な目的として軍の近代化を推進していること、また国際的にもより大きな影響力の行使をしようとしていること、A2/AD(接近阻止・領域拒否)に邁進していることなどが記載されました。また同報告書の第4頁(PDF12枚目)では尖閣諸島に関し"China began using improperly drawn straight baseline claims around the Senkaku Islands, adding to its network of maritime claims inconsistent with international law.(中国は尖閣周辺に不適切に描かれた直線基線を使った主張をし始め、国際法に合致しない海洋に関する一連の主張を強めている)"と明記したこと、また第36頁(PDF44枚目)ではサイバースパイによる国防総省侵入行為を明記していることも大きな注目点と言えるでしょう。
2.中国のS-400地対空ミサイル導入問題
この動画はRussia Today公式アカウントがYouTubeに投稿したS-400紹介の動画
この動画はRIA Novosti公式アカウントがYouTubeに投稿したS-400紹介の動画
二つの動画ともにS-400の最大射程距離を400kmであると紹介している。
(1).問題の概要
前述の問題と関連するのですが、Defense Newsの2013年05月26日の記事"Time Running Out for Taiwan if Russia Releases S-400 SAM"に非常に興味深い記事が掲載されています。下記はその記事の一部抜粋と翻訳です。
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At present, China's land-based mobile air defense missile systems, HQ-9 and S-300, can reach only a small sliver of northwestern Taiwan. Though a clear advantage during a war over control of the middle line of the Taiwan Strait, it is not complete air dominance of the island itself.
現状では中国の地上移動式防空ミサイルシステムであるHQ-9及びS-300は台湾の北西部のごく一部のみを射程圏に収める。台湾海峡の中間点の支配を巡る戦争では明らかに有利ではあるが、台湾の完全な制空権を握ることにはならない。
However, with the planned purchase of the 400-kilometer-range Russian S-400 surface-to-air missile (SAM) system, China will for the first time have complete air defense coverage of Taiwan.
しかし計画されている400kmの射程を有するロシア製のS-400地対空ミサイル(SAM)システムの購入により、中国は初めて台湾全上空を射程に収めることとなる。
"This may be one reason that Taiwan is no longer pushing hard for fourth-generation F-16 replacements," said Ian Easton, China military specialist at the Project 2049 Institute. Taiwan knows that by 2023, it will need F-35 Joint Strike Fighters.
「これが台湾がもはや第四世代のF-16後継を必死に求めていない理由の一つかもしれない」とプロジェクト2049研究所の中国軍専門家であるIan Easton氏は述べた。2023年にはF-35が必要となることを台湾は認識している。
"Militarily, the deployment of S-300 PMU2 at the opposite side of the strait already puts considerable stress on Taiwan fighter pilots, and now with introduction of the more modernized S-400 SAM, which sooner or later would follow the S-300 PMU2 pattern of deployment in Fujian province," will make the situation even worse for Taiwan fighter pilots, said York Chen, a former member of Taiwan's National Security Council.
「軍事的にはS-300 PMU2が海峡の反対側で展開していることは台湾の戦闘機パイロットに過渡のストレスを既に与えており、そして福建省に於けるS-300 PMU2の配備体制を遅かれ早かれ踏襲することが予期される、今回の更に近代的なS-400 SAMの導入に伴い」、台湾の戦闘機パイロットにとり状況をより悪化させるであろうと台湾の国家安全会議の元メンバーであるYork Chen氏は述べた。
“When S-400s work together with Chinese land- and sea-based fighters, the Chinese will have more confidence in sustaining airspace dominance over the Taiwan theater, thus depriving any organized resistance by the Taiwan Air Force and deterring the American intervention,” Chen said.
「S-400が中国の空軍機と海軍機とともに運用される時に、中国は台湾戦域の制空権を維持することにより自信を深め、台湾空軍の組織的な抵抗を奪い、米国の介入を妨げる」とChen氏は述べた。
A sale of the S-400 could go forward in 2017 at the earliest, but so far, there has been no news on any results, or about a memorandum of understanding signing, Kashin said. It is also unclear how many systems the Chinese want to buy.
S-400の売却は最短で2017年に進展する可能性があるが、しかし今のところは、結論や了解覚書に関して何の報道もないと(モスクワの戦略技術分析センターの)Kashin氏は述べた。中国側が何式導入したいかも不明である。
The S-400 has implications not just for Taiwan, but also for India, Japan and the US.
S-400は台湾だけにではなく、インド、日本、そして米国にも影響を及ぼす。
The S-400 also will cover the Japanese-controlled Senkaku Islands, which China also claims as the Diaoyu Islands.
S-400は中国側は釣魚島として領有を主張し、日本が実行支配する尖閣諸島を射程圏内に収めるであろう。
(引用及び翻訳終了)
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(下の図表3点は中国の軍事力に関する米国防省による2013年度の年次報告書より クリックで画像拡大 米国政府出版物につき配布自由。一番上の図は福建省等の中国軍の主要な基地/部隊展開の位置が明示されおり、太平洋側に地対空誘導弾部隊が展開しているのが判り、それらを筆者が赤く丸で囲んだ。 二番目の図は中国軍の通常兵器の射程を示したもので、青の斜線部分がHQ-9やS-300 PMU2の射程圏内であり台湾の北西部を射程に収めていることが判る。 三番目の図は台湾海峡周辺の中国軍の誘導弾の射程圏内を示したものであり、緑色の点線が対空ミサイルの射程圏内である。)
それではこれで中国側がS-400を入手した場合はどうなるのでしょうか。現在S-300PMU2が配備されているとされている福建省福清市龙田に実際にS-400が配備されたと仮定し、地図上に円で描いてみました。そうしましたところ台湾のほぼ全域が射程圏内に収まることが判ります。また日本の与那国島が射程圏内ですが、尖閣諸島はきわどいところでこの状態では射程圏内ではありません。
(下の二つがその地図で赤い部分が400km圏内、クリックで画像拡大、 「地図に円を描く」で製作)
しかしS-400を更に海岸近くに移動させますと、尖閣諸島も射程圏内に入ることが判ります。下の二つがその地図で、「地図に円を描く」で製作しました。クリックで拡大出来ます。但しこの場合は前述のDefense Newsの記事にも記載がありましたが、台湾の特殊部隊による破壊工作の危険性が高まります。
(2)どの様に対策を講じるべきか
前述の前述のDefense Newsの記事では台湾が講じる得る対策として、F-35の導入、巡航ミサイルや弾道ミサイルの大量導入、電子戦の強化、特殊部隊による侵入と破壊工作、AGM-88対レーダーミサイルの米国による台湾への輸出解禁要請、無人機の活用が記載されていました。参考にはなるかもしれません。
2.サイバースパイ問題
(下の画像はマンディアント社のレポートより、中国のサイバー工作部隊である61398部隊(APT1)がRARファイル(データ圧縮ファイル、一定のサイズずつ分割してデータを移動することが可能)を使って情報を盗み出す様子のイメージ画像、クリックで画像拡大)
しかしその一方で一部報道によりますと米国製兵器の武器に関する情報が大量に中国のサイバースパイにより盗み出されたことが判明しました。上記の対策を講じたとしましても、情報が既に漏えいし対抗手段が講じられている可能性があるのです。
下記にその一部を抜粋し翻訳します。
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The list of compromised weapons designs is contained in a confidential version, and it was provided to The Washington Post.
漏えいした武器の設計は機密版報告書に含まれており、ワシントンポスト紙に提供された。
Some of the weapons form the backbone of the Pentagon’s regional missile defense for Asia, Europe and the Persian Gulf. The designs included those for the advanced Patriot missile system, known as PAC-3; an Army system for shooting down ballistic missiles, known as the Terminal High Altitude Area Defense, or THAAD; and the Navy’s Aegis ballistic-missile defense system.
幾つかの武器はアジア、欧州、ペルシャ湾に於ける国防総省の地域ミサイル防衛の主力を構成する。設計はPAC-3として知られている先進パトリオットシステム、終末高高度防衛ミサイルまたはTHAADとして知られる弾道ミサイル迎撃用陸軍システム、そして海軍のイージス弾道ミサイル防衛システムの設計を含む。
Also identified in the report are vital combat aircraft and ships, including the F/A-18 fighter jet, the V-22 Osprey, the Black Hawk helicopter and the Navy’s new Littoral Combat Ship, which is designed to patrol waters close to shore.
報告書には不可欠な戦闘機と艦船が掲載されており、F/A-18 戦闘機、V-22オスプレイ、ブラックホークヘリコプター、沿岸付近の水域を警備する為に設計された海軍の新型沿海域戦闘艦も含まれている。
Also on the list is the most expensive weapons system ever built — the F-35 Joint Strike Fighter, which is on track to cost about $1.4 trillion.
リストには今まで最も高額な武器システムも掲載されている-1.4兆ドルとなろうとしているF-35統合打撃戦闘機である。
(引用及び翻訳終了)
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そしてこれがリストに掲載されている兵器やシステム一覧です。ワシントンポストが箇条書きにしています。C-17、グローバルホーク、AMRAAM、SM-2、SM-3、SM-6、P-8A、EA-18等も含まれており、事態は極めて深刻と言えます。ただ情報がいつどこから盗まれたのか、盗まれ情報の内容がどの程度のものなのか、そこは不明です。ワシントンポスト紙の記事にも書かれていますが、盗まれた情報により技術が盗用されるだけではなく、何らかの対抗手段構築に使われる虞があります。最も機密度の高いデータは国防総省内の独立したサーバーの中にあり、漏えいは考えにくいとの声もありますが・・・。
日本もF-35Aを導入し、日本国内にFACOが建設されF-35戦闘機の製造を請け負うこととなります。更なる情報漏えいが起きないように最善をつくすことは日本の重大な責務と言えるでしょう。
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